花野屋

日記のようなもの

騎士団長殺し

お題「村上春樹」

 

7年ぶりの長編と言うことで、大きな話題になっている。

同僚にも、長年のファンがいて、嬉しそうである。

 

私は、1Q84の1冊目の35ページぐらいで、挫折したのでほぼ読んでいないと同じである。

実は、さっぱり、面白いとは思えないからである。

だからといって、氏の作品が面白くないわけでは無い。

あれだけたくさんの人を魅了するのだから、きっと面白いのだ。

そして、私には、それが理解できないだけなのである。あくまでも、相性の問題である。

 

例えて言うなら、私は、「甘酢」が嫌いだ。

これは、中華料理を食べる上で、損である。

「酢豚」、「肉団子の甘酢あんかけ」、「鯉の丸ごとあげた物に甘酢あんをかけた物」などなど、食べる気がしない。「こんな美味しい物食べないなんて、人生損している」といわれても仕方がない、だって、嫌いなんだもの。

 

だから、村上春樹の作品を面白いと思えない私は、きっと人生損しているんだろうなぁ。

大好きな村上春樹センセイの作品を「甘酢」と一緒にするなと、ファンの方に怒られるかもしれないが、だって、面白いと思えないから仕方がない。

 

それに、私1人ぐらい、相性の悪い人間がいても、センセイには何百万というファンがついているんだから大丈夫。

 

今日発売された新作も、夜中のカウントダウンをまって買ってくれている大勢のファンがいる。

 

同僚もその中の1人、休憩中に嬉しそうにページを繰っている。

私も、好きな翻訳ミステリを読みふける。

 

自分に合った作品を読むのはとても楽しく、幸せなこと。

村上春樹の作品を楽しめない私は、ある意味、損だともいえるが、他に読みたい本が今目の前に5冊積み上げられているので実質損を感じる隙は無いのである。

 

その同僚が面白いことを言った。

村上春樹が嫌いな人がいても別にかまわない。私だって、その人のお気に入りの作家が嫌いかもしれない。好き嫌いは、個人の自由だもの。でも、いやなのは、何かにつれて群れる人。ノーベル賞の発表の時、新作の発売日。マスコミが来そうなところで群れている人。まぁ、それだって、個人の自由だと言われればそれまでだけど、でも、なんか、いや。どうしても、本物とは思えない」

 

なるほど、なるほど、確かにその感情はわかるような気がする。

でも、大丈夫、村上春樹には、エセファンも確かにいるだろうけど、何百万という本当のファンが付いている。そう、君のように。

 

 

 

 

 

広告を非表示にする